「ありゃあ…雨降ってきちゃったよ」 溜息を吐きながら おばちゃんが暖簾を片付ける 「…お店、閉めちゃうんですか?」 「ほら あの雲、これから更にお天道様が暴れそうだ。今日はもう駄目だね」 おばちゃんが店の奥へと消えて行く 私は空を見上げた。分厚い雲だが、天候が悪化するかまでは 私には分からなかった 「もしもし」 右肩を叩かれ、思わずびくりとした 私とした事が ぼけっと空を見ていて 人の気配に気付けなかったとは 「は、はいっ」 「茶屋はやっていないのか?」 背筋をぴんと伸ばして傘を差す女に 訊ねられた ――否、この顔は知っている 「もしかして仙蔵!?」 そう訊くと 仙蔵が微笑んだ。しかし何故女装しているのだろうか… 「今は仙子さんだ」 「あぁ…本物の仙蔵だ」 華やかな着物が濡れるのは忍びないので 仙蔵を茶屋の中に招いた 相変わらず 女装をすると其処らの女子よりも女らしい “仙子さん”を見ては 些か嫉妬をしていた 過去の自分を思い出した 「…また に会えるとはな」 「私もまた仙蔵に会えるなんて思わなかったよ」 仙蔵が私の事を覚えてくれた、それがただただ嬉しかった。でも、 「私はにもう会えないと思ったから を過去の存在だと割り切っていた。さっきまでは」 その科白で 時の流れという現実を突き付けられた 「……四年の頃に辞めたから、当然だよね」 「違う。と仲が良かったからこそ そう割り切る事にしたんだ」 仙蔵が 真直ぐ私の瞳を見つめている 総てを見透かされているようで 昔も今も この眼が怖い 「だが、文次郎は違う」 「・・・・・・」 「あいつの事は もよく知っているだろう?」 本当に 仙蔵には敵わない すぐに隠し事がバレるので、心を読まれているのかと怯えたものだ ただ私が 顔に出やすい性質であっただけなのだが 「今晩 忍たま長屋に忍びこめ。なら出来るだろ」 「…何で!?」 あまりの突拍子の無さに 思わず声が上擦った 「私は作法委員会の都合で 今晩は部屋に居ないのだ。途中までは手引きする」 「ええと…仙蔵の部屋に行けって事?」 仙蔵が頷いた そういえば 仙蔵と相部屋だったのは文次郎だが 今も変わらずそうなのだろうか 「…待って待って、文次郎が居るんでしょ!?」 「文次郎が逃げられない状況で 白黒はっきり付けるんだ」 「し、白黒…」 ああ これは好機なんだ、仙蔵がわざわざくれた 絶好の 「黒なら…文次郎がもうと関わりたくないようだったら、もう あいつの事は忘れるんだ」 6.響く雨音、響け雨音 裏山の麓にある大木の上から 仙蔵(仙子さんではない)と共に学園の様子を窺う 雨足は夕刻よりも更に酷くなっていた 「まだ身軽なんだな、動きがくノ一教室の頃とあまり変わっていないとは」 「一応ね…鈍らないように身体は動かしていたから」 「見えるか、あの角を左に曲がると倉庫がある。そこから長屋に侵入すれば多分上手く行く」 仙蔵の指差す方向をじっと見つめた 思い出の詰まった、懐かしき光景が眼下に広がっている 「私の部屋で変な事はするなよ」 「しませんので安心してください」 「私はの肩は持たないが を邪魔するような事もしない」 「…うん」 「悔いは残すなよ」 解っている 私が文次郎を困らせてしまった それを見かねた仙蔵が 過去を引き摺らないよう決着をつけさせる、その為に私の許に来た 最後の勝手を、許して下さい 「仙蔵、今日はありがとう。期待してて」 NEXT → (11.7.22 純な想いを抱き続けていても) |